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暗い森 その2 [小説(目次推奨)]

暗い森 2
後ろ暗い話 注意。



サマルは、ロゼの書斎に入り浸る事が多くなった。
薄暗い書斎の中、遮光カーテンを開ける事もなく
棚に押し込まれた書籍を一つ一つと胸に抱え
室内の奥にあるソファーとローテーブル前へと移動する。

卓上には未だに、書きかけの手紙や辺り一帯の地図が広げられている。
地図上にはモンスターやリヴを模した駒が散乱しており
とてもではないが全てを退かし使用する事は出来ようも無い。

ソファーに深く腰掛けて、深く息を吐き、テーブルに置いた書籍を一つ手に取る。
僅かに読める文字で書かれた書籍は随分と年月が経つようで、焼けて変色している。
日焼けした紙面を指先でなぞり、黙り込むサマルを目前にどう声を掛けようかとルーウェルは頬を掻く。
脳内に響いた呼び声は弱弱しく仕事中であるにも関わらずスズメバチはこの島へ駆けつけた。

「サマルちゃん、」
チラリと視線を卓上の本に向け、状況を理解する。
サマルがこちらへと視線を向ける。薄暗い室内でも判る
水気を含む橙色の瞳がスズメバチの姿を捉えた。

(無意識に呼んだのかな。)

余程の事が無い限りテレパシー等では話さない。
そんな彼がルーウェルを呼んだ。

仕事の山を放り、女王のテレパスさえ無視を決め込み駆けつけたものの
本人は無意識に呼んだのだろう。
彼の手元に在る本は美しい絵が描かれているが
ルーウェルにとっては醜悪なものでしかない。
図鑑にロゼが手を加え、残した手記
記載される文字は彼等が如何に相容れようの無い存在であるかを説く。

「せんだいは、」
ひそり、とサマルはつぶやく。
紙面に書き足された赤文字とおびただしい付箋の量
赤い印を施された、蜘蛛の絵を指先で辿りながらサマルが呟く。

「せんだいは、どの様な人でしたか 」

サマルから見れば、淡々と綴られた内容に
几帳面な赤文字で付け足された言葉は末恐ろしく
生態を知りたいというだけものでは無いという事に戦慄する。

各生物の急所、何が効果的であるのか、
その様なものを空想だけで付け足せるものではないだろう。
モンスターを友に、という青年が何故この様な知識を求める必要があったのか。
サマルには到底理解の出来ない話だろう。

「半端者だったんだよ。
 リヴの望むまま俺たちを倒して、俺たちの望むまま友で在り続けた。」

「貴方はそれで…」

次に吐き出される予定の言葉は飲み込んでサマルは頭を振る。
何を言った所で彼はもういない。

「良いとは言え無いけど、
 アイツが友である以上、瞑も俺も同胞を喰う事に躊躇いは無かったし。
 どうすればいいか、なんてリヴたちに判らない部分も俺たちなら判るし」

他人の目には俺らはどう映るんだろう。そう、ルーウェルは笑う。
同族殺しで弾かれた半端者。
そんな彼等が共有したものがこの1冊の書籍と小さな箱庭なのだろう。

「彼がどんなにリヴの見方をしたって、どんなにモンスを狩っても
 俺等が付いていれば自然と弾かれる。」

「…それでも、せんだいは貴方達を選んだ。」
「そうだね、だから失った。」

穏やかに話す、ルーウェルの空色の瞳に見える
深い諦めの色に息苦しく詰まる様な感覚を覚え胸を押さえる。
雀蜂の横に付け加えられた文字を思い返す。

『女王の生存を第一と考える。生存本能には逆らえない。』

サマルと話すルーウェルは今やのんびりと『言葉を届ける』仕事をしている。
温厚な彼の姿は他者を排除する様な雀蜂には見えない。
だからこそ、サマルは雀蜂との交流を持っている。
彼は『女王』の意思とは離れた場所にいるのだろうか。

黙り込んだサマルの頭を撫でながらルーウェルは言う。

「間違えちゃ駄目だよ。あくまで俺も『蜂』だからね?
 いざって時の為に読んどいた方がいーかもね?」

いざという時等来る筈が無いとは言い切れずサマルは言葉を呑む。彼は『雀蜂』だ。
なるべく聞きたく無いと思う言葉にサマルの双眸からボロボロと涙が零れた。
拭っても、目を瞑っても次々と溢れ出てくるそれに対し「…ちくしょう。」と
彼には似合いもしない言葉を零した。

「あー…感情的になると直ぐ泣くんだから~」

言葉を吐き出す事も出来ないまま
涙として感情を吐き出す優しい彼を抱きしめて背を撫でる。
決して体温は高いとはいえないが、ルーウェルの腕の中にある温もりは
何れ失われる温もりであるとは思いながら、そっと彼の耳に言葉を落とす。

「大丈夫、別に今は平和だし女王もなんとも無いから。
 脅してごめんね、大丈夫だから落ち着いて。」

「……貴方も、黒蜘蛛も馬鹿だ。」

「うん」

「せんだいは大馬鹿ものだ。貴方達を選べばいいんだ。
 両立なんか良い事なんて一つもないのに。」

「そうだね」

「でも、私は貴方達の様に強くなど、生きていけない…!
 きっとリヴから糾弾されたら貴方との関係を守れるか判らない」

だから、残酷な事を言わないで。

飲み込んだ言葉の先を理解して
彼が泣き止むまで、彼の拙い暴言を聞き流し、雀蜂は目を閉じる。

■■■

暗闇に浮かぶ鮮やかな葡萄酒色の髪を持つ友人の姿はいつだって
雀蜂の求める答えを持っていた。

「あいつ等が言う『害虫』は駆除したって言うのに何が気に食わないんだ?」

「いや、ロゼ判ってるんでしょ?」

「君がいなければあの『害虫』を駆除出来なかったさ
 感謝こそすれ、文句を言われる筋合いは無いだろ!?」

「そりゃそうだけど。
誰も『直接』文句は言わないだろうから気にしたら負けだよー。
 …まぁ、俺と君の事ならそもそも瞑君が黙って無いからねぇ。」

半分こちら側に足を踏み入れている彼が余りにも平然と言いのけるものだから
このままの関係が続けば良いと願っていた。

■■■

泣き止み、ルーウェルと身体を離した後にサマルが照れからか
視線を地に落とし、沈んだ声音のままで呟く。

「今日のこの本の事、それに貴方達の事
 もう少し自分の中で、整理をしたいと思います。」

そう呟くサマルの言葉にルーウェルは手を伸ばし彼の頭を撫でる。
元々撫でるという行為に慣れていないルーウェルは彼の髪を掻き回すように
少し長く撫で続けた。

「スズメバチ」

「ん?」

「貴方の名前は何ていうのですか?」

「ん?そうだな…って、
 教えると二度と逢えなく気がするからやーめた。」

「そんな、今生の別れじゃ無いんですから。」

「まぁ今度は埃臭い書庫じゃなくてさ、
 どっかのオープンテラスでお茶でもしながら話そうよ!」

「そうですね、いつか、また。」

 「そうそう、いつかね。」

互いに不出来の笑顔で別れを告げてルーウェルは扉に手を掛けた。
思っていた以上に軽く扉は開き、ルーウェルを外へと出した。
じくじくと痛む胸の痛みにルーウェルはそっと指先を胸に当てた
久しぶりの感情に戸惑いながらも笑う。

個が本能に喪われる事が、ルーウェル自身の恐れである。
本能に逆らって生きる事が出来るのだろうか。と考え即座に打ち消す。
「うーん…やっぱし、痛いのは嫌だなぁ。」
閉じた扉の向こうでサマルまたもや嗚咽を零すのが聞こたがそれは全て知らないフリ。

わるものたおして はっぴーえんどだって?


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