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Lotus (前半) [小説(目次推奨)]

Lotus (前半)

サマルと瞑と死人の話

夢を見ている。
出来れば訪れたくはないと願っていた場所の夢。


◆◆◆


湖の広がる広い空間、視線の先にぽつりと白木の大木が見える。
木の根元にはガラス製の棺が一つ、蓋の上には葡萄酒色の髪の男が腰掛けていた。
男は此方の姿を確認すると深緑の双眸を細め、弓の様に口端を釣り上げた。

「久しぶり。もう、この夢は見ないんじゃなかったかな?」
男はサマルの姿を見ると首を傾げて、楽しそうに笑う。
惚れ惚れする様な美しい笑顔の下から滲み出る嫌悪。
薄暗く、鈍く光る深緑色の瞳に射竦められる。

「この棺はもう必要ないんじゃなかったっけ」
男はコツコツと己の座る棺を叩く。棺の中でで花に囲まれて眠る人物をよく知っている。
ガラス製の棺の中に見える色取り取りの紫陽花と鮮やかな紫色の桔梗が目を惹いた。
花に埋もれた其れが何なのかサマルはよく知っている。

「俺はモンスじゃないけど、共食いって美味いのかな。」 
穏やかな声音とは裏腹に呪詛の様に絡み付く言葉の禍々しさ
「俺は何故、リヴなんだろうな。」
そんな狂気に憑かれた男の下で眠る、死体の姿を想像して吐き気がした。

「…って、嘘だよ、そんなに怖がらないで。少し意地悪を言いたくなっただけだよほら、帰り道は判るだろう」

先程迄の空気を払拭するかの様に男は明るく言い放ち、細い指先でサマルの後方を指し示す。
指し示した方向に従い振り返れば、真っ白な世界に微かに見える黒い何か。
それが何であるかなんて、目視せずとも理解している。

何度も通っている現世へ繋がる扉だ。
またあの場へ向かえば、日の差す世界へと出られるのだろう。

「ほら、キミにはあの扉が見えるなら、キミはここから出て行くべきだ。」

 ◆◆◆

「キミが戻らなきゃ、あの箱庭の維持も難しいだろう。」
小さくなる背を眺めながら、男は俯いたぽつりと零す。
「…本来、その世界は俺が帰る筈の世界だったんだよ、サマル。」
ー綺麗な世界に生きるキミが憎いー
足元からじわりじわりと伸び己を侵食する黒い影に目を伏せて、元管理者は自嘲した。

◆◆◆

 <サマル+アルゴル(瞑)>

どれ程歩いただろうか、振り返れば先程まで居た白木の島は消え
浅い湖が広がる空間へと切り替わっている。足先に触れる水は冷たく心地よい。
どこまでも遠くに伸びる様な青空と湖、はらはらと上空から降る白い花弁は雪の様だ。
幾ら歩いても縮まらない扉までの距離、ここが現実世界ではない事を改めて知る。

また、数十分程ひたすら真っ直ぐ進むと、蓮の花が咲き誇る景色へ変化する。
まるで本の中で読んだ浄土という場所があるならばこの場所だろうか、と漠然と思いながら
一人の人影を見つけて、サマルは歩を止めた。

サマルの歩く道から少し脇に逸れた蓮の中、鮮やかな着物が汚れる事さえ厭わず泥沼の中佇む蜘蛛が居た。
現世と異なるのは、頭部も含め顔の半分を真白い包帯で覆い、肩上位までだと思っていた髪は
(片面しか判らないが)肘下まで伸びている。

「黒蜘蛛…?」

サマルの言葉と共に、蜘蛛と呼ばれたアルゴルの青年は俯いていた顔をゆるゆると此方へ向ける。
紫色の片眼がサマルを捕らえて揺れる。しかしそれは、ほんの一瞬の事で再度、視線は逸らされた。
彼の目線は薄紅色の蓮の花へと落とされている。

「黒蜘蛛、あなたが何故此処にいるのですか。」

発する声が、震える

彼は決してサマルの味方ではない。
問いかけを間違えれば、どうなるか判ったものではない。
そして、この世界は死者が一度訪れる場所である事を知っているからこそ
彼がここに居るのという事実を頭が理解を拒む。

年末に大規模なモンス討伐があった。加勢に入ったスズメバチは無事だったのだろうか
アルゴルが守る森はどうなったのだろうか、聞きたい事は沢山あった。
それでもどれも声にならず、ただ彼の名を呼ぶ事しか出来なかった。

「お前は…」

此方に視線を寄越す事無く、彼は忌々しそうに眉根を寄せた。

「向こうに扉がありますから、一緒に戻りましょう。」
「俺は帰れない、」

サマルの言葉にアルゴルは嫌悪感を隠しもせず表情を歪めて大事そうに指先で蓮の蕾に触れる。
すると、蓮がもぞりと動き、中から小さな蜘蛛が姿を現した。(どうやら蓮の蕾に潜り込んでいたらしい。)
太陽に照らされ、柔らかな黄金の毛並を光らせた小蜘蛛は緑色の複眼でアルゴルを暫く見つめた後
彼の指先にそっと触れた。

「……、……」

暫く指先で小蜘蛛を撫で、遊ばせるその姿にこの空間は彼の世界なのだろうかと考える。
サマルは自身が死ぬ度に目覚め、初めに目にする己の棺を思い出した。
彼がこの蓮沼や小蜘蛛にどの様な思い入れがあるのかは判らないが
この場所に彼の捨て置くべき何かがあり、それを捨てきれずに悩んでいるのだろうと漠然と知った。

(それでも、はやく元の世界に帰らないと。)

留まり続けるのは不の感情を増幅させてしまうだけである事は元管理者を見て明白だった。
そう思うと焦りがサマルの心の中で生まれる。
早く、引き離さないと。苦手意識を無理やり押し込めて、サマルはそろりと息を吐く。
彼を此処に置き去りにすれば、きっと太陽の様な明るさを持つスズメバチの友人に
二度と顔向けが出来ない気がした。

この花は彼の思い出の一部なのか
それとも彼の感情が、花として具現化しているのか、何が彼の迷いなのか。
疑問は全てサマルの中では答えが出ないまま、だからこそ強行に出た。

「手を離せ、根暗クラゲ!」
「離しません、ついでにこの子も連れて帰ります!」
「この小蜘蛛だけは置いていけ!」
「何故?邪魔なのですか?害悪な存在でしたら私が扉の前でペイと投げますから安心してください。」
「…害悪などではない…ッ!」
耐え切れずといった風に叫ぶアルゴルの言葉にサマルは少し身を竦めた後
無理やり口角を上げて笑う。ここで引いてはいられないのだ。

「では何も問題などありませんね。」

小蜘蛛を肩に乗せると小蜘蛛嬉しそうに前足を動かしサマルの肩を叩く。
ああ、なんだかこの感じ知り合いに凄く似ていると思いながら
喚くアルゴルの腕を無理矢理掴み強引に歩き出す。

口では抵抗するものの、振り払わないという事は悩んでいただけだろう。
黄金の毛並の小さな蜘蛛を見ると何故かスズメバチの友を思い出し、暖かな気持ちになった。
彼は無事なのだろうか。と頭に過るがそれは今聞く必要は無いだろう。
今の目的は現世に帰る。ただそれだけだ。

アルゴルは、まだこの場所の住人になってはならない人だ。
少なくとも、彼には【扉】が見えている。だから連れ帰らなくてはならない。
そう、自分の行動を正当化してサマルは歩く。

長く滞在する事で棺の中の自分自身と入れ替わってしまうのではないかという恐怖が足を速めた。

(アリア君にはこの世界の住人になってほしくないな。)

陽だまりを想起させる友人の姿を思い出し、目を伏せる。
また元の世界に戻れたら、暖かな紅茶を入れて茶菓子を焼いてなんて
柔らかな日常を過ごしたいと願う。その為にも早く帰らなければ。
ここで死ぬわけにはいかないんだ。

「蓮は、」

ふと、エリアの切り替わる境目でアルゴルが足を止めた。
次のエリアは夜闇に墨を流し込んだ様なキラキラと輝く黒い空間だ。
アルゴルは道端の蓮へと視線を向けて目を細める。
「蓮は、汚泥の中で綺麗に咲く花だ、ロゼが唯一愛した花だった。」
ロゼという言葉に、先程あった管理者の姿を思い出した。
友人だったと聞く限り、先ほどまで彼と話していたことなどは口にしない方が良いと頭の中で警戒の鐘が鳴り響く。
多分、アルゴルは今までこの世界に訪れて居ながら彼に【会えなかった】のだろうから。

泥の中で咲き誇る蓮の花、そして太陽の毛並を持つ小さく元気な小蜘蛛。
彼が次のアルゴルの身体として生まれる際に
失なう事も、持ち続ける事も恐れたものの正体が何となく判った気がした。
軽々しく踏み込める話題でも無く、暫くは無言で扉まで目指す事にした。 


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